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茅ヶ崎商工会議所女性会 公開セミナー


   
PDF版チラシは上の画像を右クリック→名前をつけて保存してご利用ください。
 
日 時 - - - 11月14日(月)18:00~20:00
 
会 場 - - - 茅ヶ崎商工会議所 4F 大会議室
 
参加者 - - - 102名
 
 
 
     
 
 
去る3月11日に発生した東日本大震災で被災された皆さまにお見舞い申し上げます。例年好評をいただいている、当女性会の公開講演会。今回は防災・危機管理アドバイザーでテレビでもおなじみの山村武彦先生から、東日本大震災を教訓とした防災知識など分かりやすくお話いただきました。
 
 


●講師プロフィール

防災システム研究所 所長(http://www.bo-sai.co.jp/
山 村 武 彦 氏 (やまむら たけひこ 氏)
 
★講師:山村武彦先生の主なプロフィール
学生時代に遭遇した新潟地震(1964)でのボランティア活動を契機に研究所設立。現場主義(真実と教訓は現場にあり)を掲げ、地震、津波、噴火、土砂災害、テロ、事故など150 か所以上の災害現地調査実施。阪神・淡路大震災発生時は、2 時間後に現地入りし救助活動や調査活動にあたる。同年科学技術庁長官賞受賞。講演、執筆など防災意識啓発に活躍中。実践的防災・危機管理対策の第一人者。

★「近助の精神」提唱者。
★所属学会:日本災害情報学会、地域安全学会。
★現職:防災システム研究所所長
★最近の主な現地調査実績
☆2011 東日本大震災☆2011 ニュージーランド地震☆2011 新燃岳噴火☆2010 奄美豪雨災害☆2010 チリ地震☆2009 スマトラ沖地震☆2009 兵庫県佐用町水害☆2009 防府市豪雨災害☆2009 群馬県館林竜巻災害☆2009 豪州大規模森林火災☆2008 大阪市個室ビデオ店火災☆2008 岩手・宮城内陸地震☆2008 中国・四川大地震☆2007 新潟県中越沖地震☆2007 能登半島地震☆2007 ペルー北部地震☆2005 パキスタン北部地震☆2005JR 福知山線脱線事故☆2004 スマトラ沖地震津波☆2004 新潟県中越地震☆2004 イラン・バム地震☆2001 米国同時多発テロ事件☆2001 新宿歌舞伎町ビル火災☆2000 東海豪雨☆2001 芸予地震☆2000 鳥取県西部地震☆2000 三宅島噴火災害☆1999 台湾集集地震☆1995 阪神・淡路大震災☆1995 地下鉄サリン事件☆1994 北海道東方沖地震☆1994 ロサンゼルス・ノースリッジ地震☆1993 インド西部地震☆1993 北海道・南西沖地震☆1989 サンフランシスコ・ロマプリエータ地震☆1986 三原山噴火災害☆1982 長崎水害☆1982 ホテルニュージャパン火災☆1980 栃木県川治プリンスホテル火災☆1973 大洋デパート火災☆1972 千日百貨店火災☆1968 十勝沖地震☆1964 新潟地震等。

★主な役職(歴任を含む)
☆消防庁防災訓練活性化研究会委員☆研究開発型企業連絡会議議長☆災害時要援護者避難支援研究会委員☆防災対策評価委員会幹事など

★主な著書
☆災害・防災用語事典(ぎょうせい)、目からウロコの防災新常識(ぎょうせい)☆感染弱者のための新型インフルエンザ対策(アニカ)☆防災格言(ぎょうせい)☆企業防災・危機管理マニュアルのつくり方(きんざい)☆人は皆自分だけは死なないと思っている(宝島社)など多数。

★主なメディア出演
☆NHK「ニュースウォッチ9」☆TBS「朝ずばっ」☆日本テレビ「ズームイン」☆フジテレビ「めざましテレビ」「スーパーニュース」☆テレビ朝日「報道ステーション」☆BBC テレビ☆CNNテレビ☆ル・モンド☆ニューヨークタイムスなど多数。


 
 
女性会だより

当所女性会は、拡大研修委員会の担当で、会員・市民などを対象とした公開セミナーを十一月十四日に開催。一〇二名が来場されました。当日は、防災アドバイザーの山村武彦氏を講師におむかえし「東日本大震災に学ぶ、目からうろこの防災新常識」をテーマにお話をいただきました。
山村先生は、学生時代に遭遇した新潟地震でのボランティア活動を契機に研究所を設立され、地震、津波、噴火、土砂災害、テロ、事故など百五十か所以上の災害現地調査を実施してこられました。中でも、阪神・淡路大震災発生時は二時間後に現地入りし、救助や調査活動にあたられ、同年には科学技術庁長官賞を受賞されるなど防災・危機管理対策の第一人者です。
 講演では、三月に発生した東日本大震災の事例から学ぶ防災知識や、私たちが日ごろからできる心構えなどをについてお話がありました。
「東日本大震災は人類初の広域複合災害です。四か所の震源が同時に連動する大地震、大津波、液状化、地盤沈下、火災、爆発、原発危機、放射能汚染、風評被害、電力不足、円高、自治体の被災といった、私たちがかつて経験したことのない大きな影響を及ぼしました。津波は川を遡上します。川や海岸からは直角に逃げてください。岩手県の釜石市では、防災教育によって子どもたちが多くの命を救った『釜石の奇跡』がありました。ハザードマップにとらわれずに行動したこと、自らが率先避難したこと、中学生が小学生や高齢者を助け、より高台を目指したことなどです。津波洪水は最悪を想定して行動することです。健常者は車を使わず『遠くより高く』、一度避難したら戻らないことが大切です。茅ヶ崎市は神縄・国府津断層の地震や東海地震の想定エリアです。東海・東南海・南海地震が連動した場合マグニチュードは9.0以上になるという予測もあります。しかし、こうした予想に一喜一憂しないこと、常に最悪を想定して行動することが重要です。」と落ち着いた静かな語り口調の中で緊迫感をたたえたその言葉はとても力強く、話に引き込まれていきました。
 「地震=机の下に避難は間違いです。倒壊しない建物なら構わないのですが、揺れが発生したら、頭上から物が落ちてこない、閉じ込められない安全ゾーンにまずは移動することです。小さな地震でも訓練と思って実践してください。ドアは変形して開かなくなります。ガラスは凶器になります。災害時、電話はつながりません。災害伝言ダイヤルが有効です。防災グッズも選んで使うことで効果を発揮します。自分を守れなければ家族を守れません。今回大震災で大きな被害のあった宮古市の田老地区では『津波でんでんこ』という伝承がありました。田老地区は明治三陸大津波で十五メートルの津波が押し寄せ一、八五九人が犠牲になりました。昭和三陸地震では一〇メートルの津波で九一一人が犠牲になりました。今回の東日本大震災は一八メートルの津波で一九〇人と過去の教訓が生きた結果となりました。過去に一五メートルの津波が来た記録があるにもかかわらず『田老万里の長城』と言われた防潮堤は一〇メートル。意味がないという専門家もいますがそれは違います。堤防は残りました。残ったことで、津波に飲まれた人が引き波によって沖へ流されるのを防ぎました。そもそも一〇メートルだった防潮堤の役割は、津波を防ぐことではなく、住民が逃げる時間稼ぎの役割でした。田老町は防潮堤の建設とともに、どこからでも一〇分で高台へ行ける街づくりを行ってきました。こうした取り組みが今回生かされたと言ってよいでしょう。助けられる人から助ける人へ―誰しも家族や隣人がいます。親族、ご近所、勤務先の同僚、その場の隣人などに関心を持ち、援け支え合う心『近助の精神』を持ち、まずは防災隣組を結成することを提案します。」と先生はおっしゃいました。
 今回のお話を聴いた参加者それぞれが、自分自身にできる防災対策を考え、自らを取り巻く環境で生かしていく。そうする事で、防災意識が高まり、『近助の精神』をもって地域ぐるみで万が一に備えることとして実を結んでいくのだと思いました。
(情報委員会)
 
 



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